EVENTインタビュー

歴史を彩るキーパーソンたち

天神コアのファッション・カルチャーを語る上で欠かせない、キーパーソンにインタビュー。
各時代における印象的な出来事をお届けします。

Q1 天神コアとのエピソードを教えてください

天神コアが開業した1976年頃、僕は大学生で、東京にあった「SAINT LAURENT」の旗艦店でアルバイトをしていたんです。六本木にあった伝説的なレストラン「CHIANTI」にも出入りしていて、そこで知り合った「BEAMS」の店長、後に「UNITED ARROWS」を立ち上げることとなる重松さんや、雑誌『POPEYE』の創刊に携わった編集者やスタイリストからきっかけをもらって、1978年に地元・福岡では恐らく初となるセレクトショップ「K-SHOP」をオープンさせました。アメリカの輸入物が大変珍しい時だったので、天神コアのフロアの隅っこの店舗だったにも関わらず、苦労なく売り上げることもできて、いい思い出しかないですね。

Q2 ここで手にした大切なものは

世間のニーズに応える形でオープンした「K-SHOP」をはじめ、もともと自分がやりかったヨーロッパのコレクションを扱うセレクトショップ「maniaque」の2店舗を持つことができ、様々な人との出会いがありました。今泉の人気ショップ「Dice&Dice」の創業者である木下くんが「K-SHOP」の店長でスタッフにも恵まれていたし、お客さんも面白い人ばかりでしたよ。また、隣接するショップの「Surfer Girl」の代表・藤さんとは犬猿の仲で、本当に口も聞かない、目も合わせないくらい敵対視していました。ただ、テイストは違えど、同じセレクトショップで、珍しいブランドや新しいスタイルを提案し続ける藤さんに刺激を受けていましたね。何十年も経った今は打ち解けて、あんな風に張り合えた仲間はいないなと感謝しています。

Q3 天神コアと言えば何でしょう

インポートやカジュアルファッションにおけるカルチャー発信地として、先駆け的な存在だったと思います。1976年創業時、ファッションビルは他になくて、天神コアの開業後、 SOLARIA PLAZAやIMSができていって。今とは違い情報入手の手段が少ない中、トレンドを発信する店舗の価値としても高い場所でしたね。

Q4 天神コアのその先に期待すること

狭いエリア内で買い回りができることでニーズの高い博多エリアにも負けない、強い吸引力を持ったハコづくりをしていってほしいですね。博多と天神、両方に店を持つ経営者としては、これからの都市開発にともない自分たちもエリア内でできることをそれぞれ何か考えながら一緒に盛り上げていけたらと思います。