EVENTインタビュー

歴史を彩るキーパーソンたち

天神コアのファッション・カルチャーを語る上で欠かせない、キーパーソンにインタビュー。
各時代における印象的な出来事をお届けします。

Q1 天神コアとのエピソードを教えてください

もともとガレージで友人と一緒に趣味のようなサーフショップを開いていました。ちょうど“西海岸”や“インポートカジュアル”に気づき始めた頃だから、まだ誰もそんな格好していないし、店も皆無。そこで天神コアに入れば面白いんじゃないかということで、ロゴも全て自分でデザインして、館内の小さな一画でスタートしました。店と一緒に買物袋もブームになりましたね。今では普通だけど、当時は肩にかけられる形がなくて。アメリカではどこでもあの袋をくれるのに、なぜこれが日本にないんだろうと、業者を探してオリジナルで作りました。一時は天神の交差点に立って、最低5個はうちの袋を見ないと、今日は少ないねとなるくらいでした。ある高校では学校に持って来るのを禁止されたそうですよ。

Q2 ここで手にした大切なものは

自分がやってきたことの意味を再認識しました。「Surfer Girl」をクローズしてから「ABCマート」を立ち上げたんだけど、ファッションというものはまず男女があって、年齢層があって、ジャンルがある。今までその小さな的を狙って頑張っていたのに、「ABCマート」には子供から大人、サラリーマンからヤンキーまで、あらゆる人が来るんですよ。そこでファッションに対する自分の考えに固執するのは間違いだと気づいて、今あるものをどう面白く、新しく提案するかという意識に変わりました。でもそれは、天神コアでの経験がなければわからなかったと思いますね。今では自分がサーフィンをしていた糸島の二見が浦で「Surfer Girl」が最も似合う場所を見つけて、「PALM BEACH THE GARDENS」で「Surfer Girl」を再び始めました。

Q3 天神コアと言えば何でしょう

何もなかった時代に新しいことをさせてもらえた場所です。当時部長だった西鉄の瓜生さんには本当にお世話になりました。最初テナントとして入れてくれと事務所に何度も直談判しに行ったのですが、どこの馬の骨ともわからない私を気に入って可愛がってくれました。ちょっと区画が空いたら、お前なら何かやれるだろうと次々とあてがってくれて、業態も広げることができました。フロアの一番奥とか、狭くて難しい区画もあったけど(笑)、それでも信じてずっと面倒を見てくれて、本当に感謝していますね。

Q4 天神コアのその先に期待すること

東京の真似をするのではなく、福岡にしかできないオリジルのビルを作ってほしいですね。こうした方がかっこいいだろ?という価値基準を持ち続けてほしい。ビジネス的なことだけを考えてやるくらいなら、やらない方がいい。私も苦しい時代がありましたが、ずっとつながって今があると考えたら、全部楽しかったなと思えますよ。挑戦を続けてほしいと思います。